アーティストへの道。あと英語の勉強。The Avant-Garde Communication,Education,AND,,,,

2017-08
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トランスペアレント アンブレラ

怖いものなんていない そうやって逃げていた

刃なんて持つ人がいなければ人格は宿らない そう思っていた

怖いものがあった 記憶の隅っこで覚えていた

疲れ知らずの機械に任せれば上手くいくと思っていた


透明の傘を僕は握って 涙は雨をごまかしていた

空いた穴を黒いハンカチで丁寧に拭いていた


いつからか僕は絵を描いていたんだ

こどものころはえんぴつにぎって じゆうちょうかかえて

そりゃもう時間を忘れて描いたもんだ

成長したらシャーペン握って ノートを開いて

そりゃもう時間が長くてふらついたもんだ

大人になったら鉛筆見捨てて 画面とお付き合い

そりゃもう時間は早くて働き盛りで


透明の傘を僕は無くして 流した汗は助けも実らず

冷やした頭は白いキャンバスに描く丁度いい気分だった


いつからか僕は絵を拒んでいたんだ

子供の頃と違って縛られながら じゆうを奪って

そりゃもう時間を見ながら描いたもんだ

成長したら道具を増やして 足跡残して

そりゃもう時間が欲しくて嘆いたもんだ

大人になったら絵筆を見捨てて ねずみとお友達

やっぱり時間が早くて働き盛りで


怖いものなんてない 事ある度にかわしていたんだ

今日やる事なんて容易く処理できる そう思っていた

怖いものがあった 確かに記憶の片隅で覚えていた はっきりと

明日に追われた夜は目を閉じれば済むと思っていた


夢を叶えた歌い手はまだ唄を歌っていた

夢の先を見てしまってもまだ唄を歌っていた

夢の山を登り始めた時から全ては始まった

頂を越えた歌い手はまだ唄を歌っていた

夢を叶えた歌い手は下降する準備をしていた

悲しいけれどそれは皆に与えられた山だから

悲しいけれど降りるスピードは変えられるから


段々と僕は泣かなくなったよ ヤワなことじゃ

段々と弱みを見せなくなったよ ちょっとのことじゃ

段々と一人で動けるようになったんだ 一人で立ってんだ

だけど 少し寂しいと思うようになったんだ 何故だか


赤い糸をひっぱって 白い目でうつむいて

青い鳥をうちぬいて 黄色い顔でほくそえんで

緑の髪をなびかせて 黒い太陽こんにちは


そんな気持ちを描きたかった そんな感情描いていたかった


いつからか僕は絵を好きでいたから

じゆうちょうひろげて わすれずせかいをうつしていたんだ

いつだっけ僕は絵が嫌いでいたから

てすとのうらに のこさずぐちをこぼしていたんだ

そうやって僕は紙を破ったところで

何も残っていなかった 空っぽだった


怖い者なんていない そんな自分が怖かった

じゆうちょうひろげて 誰よりも自分を映していたんだ

怖い者があった 描けない自分が怖かった

てすとのうらに 零した自分と向き合っていたんだ

素直になれなかった 忘れちゃいけなかった


とうめい傘を差すのを止めて

ずぶ濡れダンスのお供にしたのさ

ぼろけた傘は気付けば亡くなる

ずぶ塗れタンゴの絵具にしたのさ

あいあい傘は街角ゆらり

どしゃ降りスキップ描いてやろう

白紙に産まれしこどもたち

もう大丈夫

もう大丈夫さ

もう笑った絵もちゃんと描けるよ

誰にも邪魔されない

僕の気持ちのままに

僕の感情のままに

どしゃ降りステップで

たくさん夢を描いてやろう

谷を迎えるまでに

コメント

この記事へのコメント

アドバイス

想像力がいいですね。
だけど、この詞の中には気をつける所があります。
詞は何を伝えたいかを1番の中で書かなくちゃいけないのです。最後で分かっても詞に酔いしれないのです。

ありがとうございます

アドバイス恐れ入ります。
僕は詞を書きますが、真っ向から批評されることはあまりありませんでした。故に、詞を投稿するサイト等にも足を運んでいませんでした。
確かに伝えたいことをはっきりすることは重要ですね。それによって受け手にどう感じてもらえるかというのも変容していきますからね。直入で言うとこれは「自分への戒めの詞」だと感じております。詞を書くにあたり、共感してもらうということなども重要であるとは思います。だけど、今回の詞の場合は「絵」がキーですので、絵が好きな方でないと共感は頂けません。ある種のお話程度に捉えて頂けると幸いです。別に私は共感が欲しくて書いているわけでもないです。そう感じたからそう書くわけで、その自分の内面を映し出すツールが今回、ブログという文字媒体だったわけです。ブログがすぐに自分を表現出来るという即効性に富んでいたことも、今回の表現のキッカケであります。
しかし、詞なんてもんはノートにだって書けるもんですから、何故ブログに表現したかと言えば、それはやはり「見せたい欲求」があったからなのでしょう。僕にとってHPやブログは内面の居場所でありますし、ポートフォリオでもありますから、それに公開しない詞というのはある種意味深な詞か、愚作でしょう。
1番の中というのはどういうことでしょうか!?僕のニュアンスで解釈がずれてしまうかもしれませんが、唄の法則を言っているのですか。それとも1番伝えたいことを詞にして書かないといけないということですか。
後者で考えますが、この詞で1番伝えたいことは最初に述べたことと関連しますが、詞の意図としては「意識の転換、思考の転換」です。自分に気付かせる為の(思考させるための)詞という要素が強いです。それは単刀直入で言ってしまうと自己満足なのかもしれません。自己満足によって、自分の詞に酔っているという場合もありますね。
ただ、読んでいる方が詞に酔いしれるというならば、それはその世代にあった、需要者の年層に見合った、共感する詞を書かなくてはいけないのかもしれませんが、それはいつの時代も繰り返されていることで、少し抵抗があるというか気が滅入っていますが、そんな考察を含めつつ、僕はまたいつか詞を書くのであります。批評ありがとうございました。

僕は詞を書くというのは大抵、曲を創る為に書いています。やはりどこかに見せたい欲求と言いますか、コミュニケーションとりたいんです。単に目立ちたがり屋でもあります。ですが、僕の能力の尽くせる限り、「詞を書いたら曲を創る」というプロセスを行っています。今回の場合ですが詞の順から行きますと、

Aメロ、
Bメロ、
C(サビ、
Bメロ、
C(サビ、
Aメロ、
(感想(予定では)
D1、
D2、
D3、
D4、
C2(サビ+a、
A2(+サビ(コーラス、
Eメロ(+B、

という構成で行こうと考えています。曲構成の理論は多少無視しています。構成から見るとながったらしい感じです。心の葛藤を詞に表していますので、ながったらしくなってしまったんです。でも、bpmは速いと思います。



そんな僕です。

どうもすいません。

なるほどこの詞は曲のための構成だったのですか。
ちなみに先に言った1番というのは最初のA、B、Cメロの事です。詞の初めの部分でリスナーが自然に最後まで詞を読めるようにするのです。
というのが意見でした。どうもすいません。
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