アーティストへの道。あと英語の勉強。The Avant-Garde Communication,Education,AND,,,,

2017-11
« 123456789101112131415161718192021222324252627282930 »

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

音楽のルーツを探る




あなたはどんな曲が好き?私はこんな曲が好き。僕はあんな曲が好き。あいつはヒップなホップな曲が好き。あの子は実験的な曲が好き。
それぞれ、人それぞれ、たしなむ嗜好は違います。しかし何故違うかな?
それぞれの環境と教育の基で自分に合った音楽を聴くわけだ。
環境と教育というのは、性別と血液と遺伝子も影響に入る。
僕は男だから、やはり少々荒々しい音楽も受け入れる。最も、それは単なる固定観念。音楽を視聴しレビューするのを仕事にする人は、男女の性差は関係ないだろう。むろん批評の仕方は大分異なると思いますが。批評する人のキャパも関係ありますし。

僕は美術か音楽で生きて行くかという疑問を深く悩んできていた。両方やるというのは明らかに無理がある。一日にずっと絵を描いている人と、一日に絵と音楽をやっている人では、技術の差がかなり生じる。それは誰しもが言うものです。だけれども、言い換えれば、絵の中に音楽要素を持ち込むことも出来るし、音楽の中に(特に詞に)美術的要素を持ち込めるというメリット性もある。そして、僕は欲張りなのかも知れないが、美術と音楽の両方と付き合うことにした。そして、そのバランスを決めるのは気分。本能が示した方に僕は傾き、また揺らぐ。そうしたら、気が楽になっていた。
双方の本質は「表現する」ということ。必要な方を、その都度その都度に、表現する。もうジャンル分けするのには疲れた。表現するままに、僕は動いて示して行くだけ。話を戻そう。

僕が普通にジャンルを分けるならば「音楽」というもので、何を表現するか。それはこつこつ思想を固めて、じっくり紡いでいっています。その自分が表現するというつまり、未来に因果性を持つ行為が音楽の場合だと何を伝えるべきか。それにはまず、自分のルーツを探るべきだと思った。

最初に自分の興味から音楽を聞きだしたのは小学生中後半あたり。普通にポップスでした。というかテレビっ子ていうのもあったから、テレビを見てるとBGMがわりに音楽が流れて。街を歩けば音楽が流れて。ランキング番組はやるわ。日本は世界でも名高い音楽市場国なのです。そんな思考はガキの自分にないから、とりあえず自分の心地よいものを聞いてた。一番に求めてたのは「声」。テレビを行き交う中でも特に心地よいと思った声を求めてた。でも、それに関係性があるのは曲で。高音域と低音域の並びがいいのが俺の好きな声だった。というか単純に言えばテレビに出る人の「いい曲」と言われているやつです。あえて名前は言わないけど。

そういうものはもう聴かないのかなぁと思ったら、段々思考も付いてくると、いろんな意味をもたらすようになったのね。例えば、いい声が聴こえていたのも、CDにするにあたって、ノイズカットをしたり、小さい音域はイコライジングしたり。ソロ歌手だったら、バックバンドはプロがやっているわけだから、ここのギターリフおもろいなぁとか、どんなエフェクター使ってんのかなーと、「主観的に心地いいもの」を「客観的な技術演奏」を見る目になっていた。それは音楽をやっていくとすぐに身に付く思考である。昔持ってたCDも使い方一つで、考え方一つで大分変わった。

そして、それに関係性を持つのが、「詞に共感をしなくなった」ということ。単に全体作品としての目線に変わった。今はどんな唄を聴いても、ほとんど共感しない。共感しないというよりは、自分で全て受け止めてしまった。何かもやつきがあるとき、歌い手が代弁してそれに共感するものですが、今は、ほんと、BGMっぽくなっている。詞も一つの音程と響きで聴いている気がする。例えるなら、日本語の邦楽を洋楽を聴いている気分と同じ感覚で聴いている。

じゃあ僕はどんな音楽に共感する?前向きな?批判的な?童謡的な?実験的な?
実は今、すごく童謡にはまっている。次に実験的な。
余計な言葉を欲しがらなくなったことが一番の影響である。それは言い換えると、自分自身の思考の変化に関係する。寂しくなければいいのかもしれない。でも、そんなこともなかった。
好きな唄だったら、口ずさんでいた。記憶がそれを求めていたから。
別に童謡じゃなくても、口ずさんでいた。
それはストレス転写だと思う。その時に僕は内面の何かが、唄を欲していたのだろう。その歌詞に何か共感していたのだろう。

実験的な音楽とは何か?それは音楽の可能性を追求するものでもある。僕は(僕の音楽的キャパが少ないのだが例を上げると)bjorkにその可能性を見い出していた。アルバム「メダラ (medúlla)」は面白かった。インタビューでbjorkは「楽器ができることはもう終わったわ。私は楽器で音楽を作ることに飽きちゃったのよ。 今は演奏家よりもヴォーカリストと仕事をしたくなったの。へんな現象なんだけど。 政治、宗教、人種にとらわれない異教徒信仰に影響されたの。筋肉や血や肉を感じ取るようなアルバムを作りたかったの。」と言っている。最も、(実験的とか)こういうことが出来るのは、キャリアがあって技術がある(又は呼び起こせる)アーティストによって成り立っているものだと思う。他に実験的なものと言えば、メディアアーティストの銅金裕司さん。僕は5月に世田谷ものづくり学校で、銅金さんの展示の受付バイトをしていた。そのときに「プラントロン」という、一言だと「植物の音楽」です。植物の出す微弱な電波を機械等を使って、音楽(植物にとっては)にしています。詳しくはレポートブログの銅金さんの記事に加筆します。僕はそういうものも世の中に求めていた。ただ、そのようなことを僕が表現するかと言ったら、たぶん、もう無い。ほとんどの人がもうやってしまっているから。そういう音楽を探していたし。

bjorkはもちろん尊敬するアーティストだが、僕が日本のバンドとして尊敬している内の一つは、BUMP OF CHICKEN である。最初はあまり聴いていなかった。BUMPの前にbjorkに強く感銘を受けていて、そちらのルーツや歴史を探っていたからだ。ただ、高校になってバンドを組み、ギターを本格的にやる初期衝動が芽生えてから彼らをじっくり聴き始めていた。彼らのバンド自体は明らかに藤原さんの色を基に軸が出来ている。そして、バンドの色はもう一言だとビートルズである。日本のビートルズと言っていいだろう。いや、もう彼らは、日本のビートルズです。今月には無声映像作品のギルドがリリースされるが、それもビートルズのフィルム制作に因果はあると推測できる。隠しトラック(って触れていいのか?)は彼らによる架空バンドによる演奏だが、ビートルズのコンセプト・アルバムに影響を受けていると思われる。彼らの歴史を探れば、中3のバンドで(偶然的にも)ビートルズのカバーをしているわけだから、影響は尽きないだろう。
そして、僕は音楽家として人間として、藤原基央を強く尊敬する。彼のルーツは、ギターマガジンを読めばブルースやサザンロック、カントリーにブルーグラスと言う。彼はジェリー・ダグラスを尊敬しているようで。草むらに揺れる風のような音楽を彼は創っているのです。彼には大分、影響と思想をもらった。
彼のような(限定的ではないが)カントリーな音楽は耳に聴くにはとてもよいものである。だが、それを僕が表現するのかというのは、また話が違う。しかし、紛れも無く、人間を救う音楽を産みだす藤原の、BUMP OF CHICKENの音楽を僕は愛している。僕は彼らに救われた。

そんな表現を心の奥底では僕は求めていた。美術と音楽で。しかし、BUMPがいるから、そういうものにこだわる執着心は次第に薄れた。
僕はBOTTOMCOLORとAVANT-GARDEいう最大根源テーマを基軸に美術と音楽で表現していくというのは変わらない。

AVANT-GARDEに関連性を持ったつもりはないのだが、僕はパンクやグランジも好んでいた。特にパンクのDIY精神は甘ったれた考えをぶっこわす、素晴らしい精神論だ。批判的や破壊的行為の中の、意地とプライド。「自分でやります」という精神は最後の悪あがきでもあるが、それは「自立」という教育的背景も含ませる事が出来る。なんで、パンクとかが好きなのかなーと思ったら、自分が反抗的な性格だからだなぁって思った。自分の父親は尊敬しているけど大嫌いだし、あんな親父よりは越えてやるって思っている。そういう、パンク精神が自分を強くして自立させているんだなぁって。そう、思った。あと、現在の教育や(限定的だが)学校の考え方(というより先生)が大嫌いだから、それをパンクしたいなって強く思っている。BOTTOCOLORプロジェクトして考えるなら、「赤」の自分です。赤は革命の色だ。

で、で、そんなこんなの思想を踏まえながらリサーチしてて、すげぇ人を見つけた。すごいというか、こんなギターの弾き方を求めてた!!!!!!!!って、kaki king の「Playing With Pink Noise」のビデオを見て思った。ovationのギターを鳴らして。この人の映像を見て、芸術的だと思った。音楽とか美術とかって言うより芸術だなと。というかovationギターの無数の丸いサウンドホールがアバンギャルドアーティストの草間彌生の丸をインスピレーションさせちゃって。ちょっと、ごっちゃになってる。だが、あの弾き方はアメイジングすぎる!!!!!!!!!!!批評は沢山あるのですが、僕の中であれはすごく好き。彼女はbjorkに影響を受けていた。だが、接点は少ないかなー。

ということで私のルーツはごった煮ですね。ザゼンもすごく好きだし、他にも音楽的な影響を受けたアーティストは尽きない。結果的に僕は美術と音楽が合わさった(パワーを持った)複合的な表現が好きなのである。直にメディア―トやアコースティックな表現もどこかで意味を持って産まれて旅立つことでしょう。

コメント

この記事へのコメント
コメントを投稿する
管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL

⇒ http://bottomcolor.blog10.fc2.com/tb.php/139-5e7b164c

この記事へのトラックバック

HOME |

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。