アーティストへの道。あと英語の勉強。The Avant-Garde Communication,Education,AND,,,,

2017-10
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人の道

sch1.jpg







「向こう側の俺らを求めるな」と彼は確か言いました。
しかし、気付いたら求めていたのでしょうか。




いるかいないかわからない人です。呼び出したい時に、呼び出せる人です。
CDの中だけで生きていてもいいと思います。CDだけじゃなくて、
彼は個々のもっと深い所に生きている人だと思います。





BUMP OF CHICKENの藤原基央。彼は高校を辞めました。



何故でしょうかね。9ヶ月間で辞めたそうですが、やはりその環境変容はデカイと思います。辞めた理由だとか、なんだとか、彼の人生自身を掘り探ろうとしている俺はなんなんでしょうかね。


彼は今、歌を唄っています。唄を創って飯を喰っています。生きています。
もちろん寝て、そして、いつか死にます。




生きる意味はありません。生きる理由はありません。答えはありません。それぞれが納得のいく筋道を考えるのみです。生きる意味がなくなっても死にません。身体が衰退、崩壊するまでは死にません。生きるように身体はシステムづけられています。生きる理由もなく、生きることを否定してもかまいません。しかし、否定してもしなくても、いずれ死にます。


どうせ死ぬのです。生命が与えられているものは。






。。。
「どうせ死ぬ」とは、藤原さんがラジオで言っていて、「だから生きてください」とも確か言った。じゃあ生きようか!!っと俺は一瞬思った。まだ、モヤつきがあった。














俺はどのように人の道を歩んでいきしょうか。





俺は父子家庭です。気付いたら母親はいません。兄弟はいます。プライバシーなことを書くとあれなんだけど、しょうがないとしか言いようがないけど。何か起こった時の責任は俺が全てとらないといけないけどね。


小さい頃はよく絵を描きました。歌をうたいました。泣き虫でもありました。スケッチブックをいつも持ち歩いていました。幼稚園の頃は、カービィやゴジラとか、キャラクターを沢山描いていました。小学校になると自由帳を何冊も使ってポケモンを描いてたりしました。父子家庭などもあって俺は、ばあちゃんっ子でした。甘えてました。泣いてました。引越しもよく頻繁にありました。小4の頃に初めて引越しをして隣町の学校に行って、ちょっと俺は性格がおかしかったみたいで、上手くなじめないというか、単にわがままな人間だったんだと思います。絵はやっぱり描いてました。その頃は遊戯王に影響されてました。歌はうたわなくなりました。家でこっそりうたう感じでした。転校した学校では上手く自分は表現できませんでした。自分のせいでもあると思います。小5に前の学校に戻って、また仲良く幼馴染みらと過ごしました。歌はうたいました。しかし、やっぱり俺の性格は甘いものだったようです。
確かに友達はいました。しかし、その頃の自分自身を、上手く客観視しようなんて不可能でした。そんな思考はありませんでした。変な目で見られてはいたのかもしれない。そのころはオフザケキャラでした。
小6も終わり、また転校しました。ばぁちゃん家で過ごしていたのを、中学からは父の家で過ごすことになりました。そのあたりにばあちゃんが死んで、いろんな感情巡りました。ばあちゃんから死を教わったと感じています。

中学はやはり恐かったです。友達が出来るのか。俺は幼稚じみていたようです。でも、人を信じて、人間を少しずつ理解して、友達が出来るようになりました。絵は描けました。歌はうたえませんでした。いきなりうたったら殺されると思ってました。中学の頃はとても感慨深かったです。余計な所で、コイツ嫌ってるんだろうなとか、俺がこう言ったら友達関係保てるのか、とかホント自分でも意味わかんなかった。発言もおかしいらしい。いろんな思考が巡ったけど、その時に一番感じたのが「自分を出したい」っていうのは大きかった。

中学卒業を控えた冬休みに、「体力をつけたい!!」ってことでサッカー部の一人と1ヶ月間マラソンの特訓をした。近場の大きい公園で走ってたんだけど、発端は俺の言い出しっぺ。実際、体力が上がっていく自分が見えて驚嘆した。ここで俺はマラソンが好きになった。体を鍛えると体力が上がって、体力が上がると行動に無駄がなくなって。ここで歩いても走っても行ける部分を、おっくうだからと言って走らない。。。という感情はここで消滅した。
1ヶ月間もやってるから、その人と親交が深くなり、くだらないことも話す。そこで俺は中学校生活を振り返ったことを話してたりもして、自分が出せてないことも話した。彼は真摯に考えて、「じゃ、今だしてみろよ」って言った。だけど、上手く表現出来なかった。そしたら彼は自分を出しているのに、俺は自分を出していないことになる。しかし、出してみろよと言われて自分が出せるものでもなかった。自発さを求めてるんじゃなくて、自然に出ることを望んでいた。でも、手遅れだったようだ。彼はサッカー進学して、たまに遊んでいたが、両者の都合が合わず、遊ぶ機会も減った。もともと俺はサッカーが心底好きじゃなかったから、誘いを断った時もあった。で遊んだ時に、サッカーが好きか嫌いか討論した。今、俺の中でサッカーが嫌いな感情が多いのは、まだサッカーを好きと思う要素よりも嫌いの感情の方が勝っているのだと気付いた。当たり前なんだけど。。。そのメンタルコントロールをしろと言われた。今もまだ球蹴りの方が楽しいのかもしれない。でも「サッカー」というのも大分好きになっている。技量で好きになることも解った。上手くなればもっと好きになるんだね。






いつのまにか高校1年終盤です。正直、いつも辞めるか辞めないか考えてしまう時もあって。何故、辞めるかって言ったら、第一志望の学校に行くためっていうのがあった。今、中学生の視点から言えば、前期入試の時期です。だから、今辞めて、1年下の受験生らと肩を並べようというのもあった。もっと、志望している学業を学びたいっていうのがある。それが今の一つの決断。あと、もう二つある。もう一つは現状の高校在学。残りが、辞めて東京で生きるということ。

俺は今の授業に満足していません。もっと実践英語がやりたいです。欧米欧州人と肩を並べて話したいです。文法も確かに重要です。しかし、実際にそれが話せるか話せないかといったら、そこは自分のコミュニケーション能力だと思います。そこは、今の授業では出来ません。批判しているのもあれだから、担任が丁度英語の先生だったので、抗議しました。先生は確かに納得をしました。校長にも抗議しました。抗議と言うか、退学の件で話し合いました。英語については校長も納得した。しかし、現状に満足しない反逆心、ハングリー精神で全てを望めと言われた。いや、そういう風には言われてないのだけど、「環境を変えて視界を変えようなんて逃げだ」と言われた。「逃げ」というのが、大きく響いた。俺は逃げてんの!!!!!!??何。何。そこで一瞬わからなくなった。俺の選択は間違ってるのか、なぁ!!??って思った。

どちらも正しいと思う。環境を変えて視界を変えるのも。自分を変えて世界を変えるのも。その均衡や、正しさ。間違ってないと思う。あれはなんなのか。校長の面子か!!?そんなことも思った。手に入れるために捨てるとはこういうことじゃないのか!!?俺は彷徨ってました。音信不通の間も、いろいろ考えました。スクーリングパッドは確かに反逆心から生まれた財産でした。英語だって、家でだってできるし。AETとずっと話そうと思えば出来るもんだし。いや、いっそ辞めてバンドをやりたいっていうのもあった。だからスクーリングパッドで出会った人の家で家賃払って共同生活して、バンドやってもいいと思った。常識的に考えたら、非常識な行動かもしれない。しかし、藤原さんが高校を辞めてまで、音楽を信じて、音楽と行動した揺るぎない信念。折れない信念。クソ素晴らしい。クソって汚いから使っちゃいけないんでけど、いや、なんか例えるには適してた。素晴らし過ぎるよ。いや、なんかね自信を持ってしまった。自意識過剰になってしまった。藤原さんという成功した人がいて、やっぱそれが大きかった。光だった。夢を見たのです。夢を見過ぎました。夢を掴んで現実にすると案外、鈍い光になります。しかし、夢を見ました。飽きずに見ました。楽しかったです。だけど、もう遅い。中学でバンドを組むのと、高校でバンドを組むのとじゃ結構違うと思います。俺は高校でバンドを組みましたが、やはり何か違うと思います。確かに高校では自分を出しました。弱みを見せないよう、いつもヒィヒィ言ってます。一度弱みを見せるととんでもなくなるから、逆を言えばひどい人間だと思います。自分は出せていますが、100%はでていません。バンドメンバーくらいです。あなたとたまに話します。あなたにもまだ100%の自分は見せていません。それは弱い部分だったりもします。君と話したことがあります。中学の頃。でも、まともに自分は出していません。出せませんでした。出したかったです。それも、手遅れかもしれませんが。でも、ここで出会っているなら繋がってなくともいいと思いました。カラで関わりあっているのは危険というか辛いです。カラを剥ぎ取ることは容易じゃないと思います。ましてや、俺はおかしな思想を持つ人間です。BOTTOMCOLORという自分の描き方を定義しようとしている人間です。そんな思想ブチ壊してもいいと思います。単にDIARYで充分だと思います。でも、これは絵に限ったことじゃないから、、、描き方っていうのは生きる方法というか、どう生きるかと捉えるための思想でもあります。俺がどんな職業で、どんな飯を喰って、どこで過ごして、住んで。。。。。それ一つ一つ描き方だと思います。自分の染めたい色で自分の道を染めようと、描こうとしていると思います。そういうことです。別に親交を深めなくともいいなと感じました。君とバンドをやりたいと一時期思ったけど、諦めます。俺の道を進みます。接点を結んじゃいけなかったかな・・・!?でも、思想を批評し合えばいいと思います。その関係、クソ素晴らしいと思います。







辞める事に対して、沢山の意見をもらいました。相談しました。討論しました。考えました。





・高校は行くべきだとある人は言いました。高校は義務じゃないが、やることに意義があって、選択の道を広げる作業だ。と

・高校は行かなくてもいいといった人がいました。それが、自分の望むべき信念ならば捨てる作業も必要なんだ。覚悟が出来てるなら辞めろ。と

・高校を辞めたら、辞めた理由を明確に説明しないと雇用する相手も誰も信用してくれないぞ。辞めるとは、小社会から脱出するということ。

・辞めたことにより、まず自由が増える。その自由を何に当てるんだい!?前の学校以上に有意義に時間を使いなさい。それが辞めるということ。

・辞めることは寂しくないの!?友達ともなかなか会えなくなるよ。でも、止めはしないけど。

・夢みてんじゃない。現実をみろ。

・君が母親いないのは普通だからね。誰も手は貸さない。だってそれが当たり前ってみるんだから。そういう人もいるっていうこと。何も自分だけが特殊な家庭だとか思わないで。受け止めて、行動するだけ。

・大学行きたいなら大検取らなくたって、高校3年間行けばいいんだから。何故、抵抗するの!?

・私も高校が嫌だったよ。なんでそんなことわかんないのって人もいたし。美術系の高校でもなかったから、いつも辞めようと思ってた。でも、その反抗心でいろいろ考えることできたよ。高校サボった時もあったよ。でも、私の意見だけどさ。やっぱり行っとくべきだと思うよ。



。。。。。。。。。。。。。。
いろんな声を聞きました。沢山の考えを聞き、咀嚼することが出来ました。
もういつまで俺は迷っているのでしょうか。
もう迷う必要は無いのかもしれません。













それと交差して、死ぬ事生きる事も考えていました。今の学校の同じクラスメイトで、仲がいいやつがいて。まぁ、学校を一緒に無断早退をした時もありました。そいつも考えていました。学校に行く気ないと。なんでやねんと。そいつは別にフリーターでもいいと言っていました。いやいや、ちょっと待て。人の人生に首突っ込むのってあれなのかもしれんけど、無断早退した日にいろいろ話しました。話し合って、そいつは今のところ服飾に行くのだろうとは思うけど、彼の場合はやっぱり情報量が足りなかった。情報量で行動の転換が効く。まずは彼と服を作ることにした。約束した。俺もリメイクジーンズとかなんたらとか興味あったし。そいつは最近学校に来ていない。せめて呼び出して、卒業できなくなる前に、前提として学校に行こう。学校に行って考える。話し合う。それが理想的なのかもしれない。



今のところ俺は学校に行く。
学校で考える。
つか、結構手遅れかも。今更。








・・・・・・・・・・・
頑張れる!?



頑張るって何!?


でも、それは一つの意思表示なのかもしれません。

頑張るって容易く言えてしまいます。
根拠なくても容易く言えてしまいます。

藤原さんがラジオで「一緒にがんばろう」と言ったのは大きかったです。
変な感情揺さぶられました。



言う事は一つの自己表明だと思います。
一つの決心だと思います。

だから、


がんばろうと思います。


がんばっていきます。









ねぇあなたは




がんばれる!?






なんかあったらいつでも

少しでもいいからなんか話してみてよ。

俺、

絵なら描けるよ。





また、

ここで会うからさ。



bc

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