アーティストへの道。あと英語の勉強。The Avant-Garde Communication,Education,AND,,,,

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true-blue friend

2012/02/28/あさ7じ

GEISAI♯16開催

こんにちわ。
村上隆です。
GEISAI♯16やります。
29歳までの若い人間限定のGEISAIね。
つまり、デヴューを願う連中、集まれ、、、って。

さて、今回のGEISAI審査員の特徴を申し上げます。
http://www.geisai.net/g16/examiner/

3人とも猛烈に優しい。そして若者の未来をポジティヴにクリエイト出来る人。

飯田さん、僕のデヴュー前からの知り合い。博士課程の発表会にも来てくれた。
高橋さん、ナディフ時代からの知り合い。六本木ヒルズに僕を紹介した人。
片桐さん。僕より20歳若いpixivのオーナー。一緒にギャラリーやってる。

飯田さん、高橋さん、片桐さん。全員、発表スペースも持ってます。
作品次第、プレゼン次第で、可能性は大きい。

基本優しい人たちです。
僕と逆。
僕は若者、もう信じてないから、鍛えなおさねば、叩き直さねば、と思ってる。

だから、ちょうどいいバランスだと思う。

僕はこのGEISAIを12年やって来て解った事がある。

それは、

・若者達の礼儀作法や生きる美意識の無さ、である。
・歪んだエゴの膨張、である。
・「 dreams come true」という信心の行き過ぎ、である。

最初は個々人の無礼だとおもって、個々人に憤っていた。
挨拶しない、GEISAIで世話になった事、履歴に書かない、等
「じゃあGEISAI応募すんなよボケ」とか、その個人に憤っていたが
違っていた。

そういう人間製造をしてしまった時代があって、その結果、無礼千万な連中が
涌いてしまったのだ。

日本のアート界のアホぶりの根源をたどれば、教育の現場なんじゃないかと
そう思って、いろいろリサーチし続けた。
美大がアホだ、予備校がアホだ、と思ってたが時代がそうさせた。

ネット界の無政府状態是認を盾に「なんでもあり」をアートとすり替えたり
「なんでも反対」すりゃ、アーティストの立ち位置を担保出来ると
無根拠に「反対」ばかりを唱えたり。
だいたい、アートの学校に行くのは普通の学習が出来なかった落ちこぼれだ。
つまり、バカだ。
バカはバカなりの謙虚さでもって、己の社会内の立ち位置をしっかり
設定するべきなのに、バカの逆切れが今のアーティスト志望の若者に多いのは
大問題なのである。

なので、とにかく、教育のし直し。

コレ、やります。

GEISAIの参加アーティストの皆さん。
心しておいてくださいね。

ここで一気にギアを変えるのだ。


GEISAIチアマン
村上隆


nemui desu..おやすみなさい。




佐野優作
http://blog.geisai.net/remote_images/sokuhou/artist/047.html
金がかっこいい

加藤大季
http://blog.geisai.net/remote_images/sokuhou/artist/337.html
ルイヴィ。。

ににユイチ
http://blog.geisai.net/remote_images/sokuhou/artist/009.html
色調が優しくて好き





ウチダトシアキ
http://blog.geisai.net/remote_images/sokuhou/artist/299.html
塵昴
http://blog.geisai.net/remote_images/sokuhou/artist/289.html
とこまらうみ
http://blog.geisai.net/remote_images/sokuhou/artist/321.html
森本愛子
http://blog.geisai.net/remote_images/sokuhou/artist/317.html









2012/02/21/よる6じ
思考を殺されかけた。夢を殺されかけた。それ以染にワンマン、トヨダラストライブだって行けやしなかった。
俺にはやりたいことがある。それをやらねばならぬというものだ。
冗談じゃない。冗談じゃない。冗談じゃない。これは脅迫観念か?
渓谷に行って、士気を高めるべきなのかな。


2012/02/15/よる23じ
諦めない限り、又は脅迫観念や防衛本能が含まれる場合、大抵仕入れるものにコストはかからない。
皆、助けてくれるものだ。

伊勢谷友介って素敵だな。リバースプロジェクト代表で俳優か。


生まれて初めてインフルエンザというものにかかった。
診断では始めてである。
12日から39度?の熱と筋肉痛と咳き込み鼻水、
咳による気胸になるかが心配であったが、大分落ち着いてきている。
昔から原則病院には行くのを控えるのが、親父の教育だった。
既に治り掛けているらしい。
要するに、病院など行かなくても、インフルなど問題ないんだなと。。
ただ、病院の薬はやはり数段と効果があった。



2012/02/12/よる7時old hag syndrome(kanashibari)
涙が止まらなかった。責任感とプレッシャー。怖いんだろうか。


2012/02/12/あさ5時
この傍観思考。これが最高だ。そして、ぐわっと煮え切らない創作に繋がるアングリー感。
この2点を常備及び補給していることが必須だ。
うん、何かできそうだ。
どんなテーマで作ろうか。考え甲斐がある。


2012/02/07/あさ7じ。えいようしっちょー
今日は雨だ。本来雨を中心にして考えた方が世界が良く廻ると思う。晴れっていうのはただの当たりだ。
カエルのような気持ちで行動しなくてはならなかった。ゲロゲーロ。
コンビニの防腐剤にぎらぎらと目を光らせながら、ややっ、なぜワタクシはこの菓子パンを買っているのか。甚だ疑問に思ってしまった。人参やカボチャやトマトに砂糖を振った方が遥かに勝る事を、僕は忘却の果てから思い出した。
彼はなぜそうなったのかを俺は知らないが、バンドは組めなかった。渡すものを渡して。ようし、他の人を探そう。

小さい夢の果てを見たことがある。
その時にはある種のショック症状が起きる。開放感だろうか。阿ーーーーーーっってヤツだ。
止まる…?からだろうか。その果てのショックがあまりに大きすぎて、致命傷状態っていうのになった場合、アウトに近い。それは間違いで多分、下ばかり見ているからだ。ここまで来たのか。高いなあ。より、まだここなのか。のほうが、いい。要するに僕はここが果てだと思い違いしていたのだろう。井の中の蛙である。



2012/02/06/あさ7じ
夢に近づくことがアート
夢に辿り着くことがアート
夢の果てを見ることがアート

そうか、そうだったな



2012/02/03/午後2時
ginesu
コラージュの著作権について
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1428574084

マッド・アマノと 白川義員との間で争われたパロディ事件。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%83%AD%E3%83%87%E3%82%A3%E...
最高裁判所判例ではマッド・アマノのコラージュを認める判決となっています。

社会大衆に公表された著作物はオリジナルと誤解されない場合には基本的にコラジューは認められています、例えば改造車ですね。明らかにトヨタや日産の正規な改造ではないと誰の目から見ても解る場合は問題ないです。

矢沢栄作や矢沢B作など矢沢永吉のモノマネタレントがいますが、TVCMにモノマネタレントと表記しないで視聴者に本人と錯覚させた事件と「矢沢永吉が認めたモノマネ」と矢沢サイド公認と表記した事件など、公式、公認を騙ったとして矢沢サイドに訴えられた事件があります。つまり、本人が不愉快でもモノマネは止める事は出来ませんが、公式、公認と偽ったら差し止めが出来ます。
明らかにパロディでニセモノと第三者が客観的に見て解れば問題はないです。

アメリカでは米国憲法修正第1条(いわゆる「言論の自由」条項)により、製作者の意志が肖像権・著作権よりも優先されています。2002年4月17日に連邦最高裁にで「公表された他人の写真の合成コラージュを禁止することはパロディを認めないことであり、思想・言論の自由を侵すものである」とさて肖像権・著作権よりも憲法で保障されている基本的人権が優先されています。
このためアメリカでは、芸能人や政治家などのコラージュが作られている。 アフガン戦争やイラク戦争の際に作成された、ブッシュ大統領とオサマ・ビンラディンやサッダーム・フセインとの卑猥シーン等をコラージュで造った反戦目的のものが有名である。

著作権より言論の自由、表現の自由、国民の知る権利など憲法上の基本的人権が優先されるのは自由主義国家では常識です。社会に公表された巨大メディア情報を国民が批評いけない事は独裁を生みとても恐ろしい事です。
ヒットラ、フセイン、北朝鮮、中国など独裁国家はメディアで権力側の都合の良い情報だけを流して、権力を批判した者達を肖像権や著作権で秘密警察を使い弾圧して独裁国家を築いたからです。

とは言う物の日本は権力崇拝根強く、戦後において朝鮮戦争時において日本を統治していた占領軍GHQが反戦派の昭和天皇、マッカーサー、吉田茂などのコラジューを取り締まった経緯もあり、法律ではなく社会的にうるさい連中がいます。


http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1448542264

ひとつめ。
本はいわゆる「文学」の著作物であり、コラージュ作品は「絵画」に近いものがあります。文字の並びまで意識したような本であれば(視覚的な効果もあるため)問題となりうるかもしれませんが、通常の本であればそもそも「文学」と「絵画」という全く異なるカテゴリーのものであることからおそらく問題とはなりません。ただ、本を切られるというのはそれを創作した人にとって不快な行為であると思われますので、本の著作者が存命であれば許諾を、できれば著作権者の死後50年を経過したものを用いるべきでしょう。蛇足ですが、「本を切って読めない状態にする」という行為に生理的嫌悪感を持つ方がいることをお忘れなく。

ふたつめ。
作家さんがデザインしたものであれば、それは著作権法上に規定される「思想又は感情を創作的に表現したもの」ですので著作物に該当します。

さて、マスキングテープを購入する時点で、あなたとメーカー(+作家さん)の間でお金のやりとりがあり、テープの所有権があなたに移ります。著作権は放棄されていませんが、このテープ自体を使用、処分することはあなたの自由です。マスキングテープを使用してコラージュ作品を創作した場合、その著作権はあなたにあります。マスキングテープを含めコラージュの素材に「改変等の禁止」「商的利用の禁止」等の規定がなければ販売することに問題はありません。




2012/02/03/朝いちじ
アートってのはなかなかスポーティにできない。
欝と戦う俺。
かっこ悪い?いやいやなんか違う。
欝が美しい時もある。でも稀かな。

なんだか過食症なのです。
良かった、この感覚、久しぶりだ。
意識できる、まだ救われている。
ストレスがなくなれば普通になるのだと思う。
原因は大体はっきりしているから、
じーーーっくり戦っていこう。

j

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